投稿者「jun」のアーカイブ

欲しいと思ったら買っておきたいもの

タロットカード、興味ありますか。占いですね、トランプでも占いはできるのだと思いますがトランプは玩具とか遊戯するものと言えばよいのでしょうか。対してタロットは遊ぶものではありません、80枚近くありサイズもでかいのでシャッフルすることも簡単ではありません。

僕がこのカードに興味を持ったきっかけは何といっても007ですね、「死ぬのは奴らだ」主演はロジャー・ムーアさんでした。この作品を観たのはたしか学生時代、高校か大学時代なのか忘れましたがテレビで観たことはたしかです。あの頃は毎日9時になれば映画の時間でした、

荻昌弘さんの月曜ロードショーとか水野さん、淀川さん、小森のオバチャマ、など懐かしい限りです。深夜になっても11時からは映画でした。この深夜映画についてはたまに「青い体験」などといった空想を誘うタイトルをテレビ欄で発見するとワクワクしながら見たものでした。

さて、「死ぬのは奴らだ」に話を戻しますとこの作品ではタロットカードが要所で物語を暗示するかのようにとても効果的に使われていました。とてもシンプルで斬新な、そして美しいカードはスイス製のカードです。

ぼくはそれから20年後、オッサンになってもこのカードの神秘的な美しさが忘れられず横浜の本屋さんで購入したのでした。しかしタロットカードの占いや各カードの持つ意味などぼくにはわかりません。

ただ好きなのです、歴史的、宗教的、オカルト的、神秘的どれも当てはまるようでありそうでもないようです。こういった好みについては年をとってもこびりついたままのようであるようです。

今はネットを利用すれば簡単に探し出すこともできるわけです。とれも久しぶりにタロットで検索してみると面白そうカードを発見しました。カードの詳細だけではなくデザイナーさんまでしっかり紹介されているところにとても好感が持てました。サイトはこちらです。

たぶん購入すると思います、解説書付きなのでこの際タロット占いを覚えても悪くはないかな、などと思いました。欲しいと思った時に買っておかなかったために後になって後悔する、そんなモノってありますね。こういってものは出会いと同じなのかもしれません、運命的な何かを感じたりはしませんか。

アイディアについて

アイディアとは自分で考えひねり出すものではなく「盗むものである」そんな話を聞いたのですがこれがなかなか面白く興味深いものでした。ようするにいくら自分でオリジナルなものを生み出そうとしても、ろくなものが出来ません。むしろ自分にはそんな才能など持ってはいない、と思ったほうがどうやら賢明のようなのです。

ここでスマホの話となったのですが、カメラとケータイ、決して独創的なものではなかったこの二つが合わさることによって創造性が発揮できたのだと。こういったまったく異色の何かを融合させた考えに妙があるのだと。

この融合に関するアイテムがどれだけ頭の引き出しにストックされているのかがポイントである、ということです。当然ストックするにはインプットですね。そしてため込んだだけでは陳腐化してしまいます、いかにアウトプットをして中身を活性化させるのか、こういった発想の切り替えが「アイディア」を生むのだと。

なるほどわかりやすいですね、世の中には便利な仕組みが山ほど氾濫しています、こいつを利用しない手もありません。わからないことは聞けばいいのであって、うまくいきたければ成功者をまねてみるのも一つ、つまらないプライドなど不要です。

先日高額バイトが特集され「チャットレディ」で毎月100万円を在宅でコンスタントに稼いでおられる方のインタビューを拝見しました。単純に人気者の真似をすること、いいと思ったことは素直に取り入れる、稼ぐことが目的であるのでいかにお客さんにアピールするのかを真剣に考えておられるのだそうです。

ネット上のやり取りだからナマの接客法は通用するものと、まったく違うものがあるといっていました。やっぱり実績のある方の意見には説得力があるものです。たかがこんな仕事、とか時給4000円などに吊られて始めても、結局は長続きもせずだめなのだそうです。

この仕事はパソコンさえあればどこででも始めることが出来る、アルバイトの働き方も時代の変化に合わせ今後変わっていきそうな気がしました。チャットレディはネット上の風俗産業のようなものです、これにしても素晴らしいアイディアであり融合には変わりありません。

柔軟な発想を持てば、思わぬ成功が転がり込んでくるチャンスは十分ありですね。

15連勝の快進撃に思うこと

将棋界では先ごろ最年少プロとなり話題を集めた藤井四段の快進撃が続いています。今朝の新聞によればデビュー以来無敗の十五連勝、このままでは夏の竜王戦の挑戦者になるのでは、などといった気の早い一文もありました。

四段はまだ中学生「あどけない笑顔」で記者の質問に答えていました、などとありますが写真を見る限り彼の印象はどこにでもいそうなサラリーマンです。大人っぽいのではなくもうオッサン臭さのようなものすら感じさせます。まあたまたまネクタイを締めた写真だったからそう映ったのでしょう、学生服でも来ている姿を拝見すればまた印象も変わるのだろうと思います。

そんな藤井さんの天才ぶりを午後ミヤネヤで取り上げられていました、そしてゲストは加藤九段です。加藤一二三九段、加藤1239段と読んだ人がいたとか言われていますね。この方も若かったころは神武以来の天才などと言われた天才です、しかし天才も老けましたね。

いまでは「ひふみん」などといって「ブレイク」しているそうですが、あまり見たくはありません。別に氏のことが嫌いとかではありません、若かったころ颯爽と将棋盤に向かった姿を思うと、なんというのか少し寂しくなってしまうのです。

僕が将棋を覚えたのは小学校の5年生の頃、教室に将棋盤と駒があった時代でした。ルールはすぐ覚えたのですがその後は将棋とは無線の毎日を送りました。しかし20代の半ば、ファミコンが流行り暇つぶしに買った将棋ソフトに「ボロ負け」を喫してしまい、ショックでありそしてもうくやしくてたまりませんでした。

同じゲームでも麻雀などでは「運」も味方をするので僕のような下手くそでも四暗刻をつもったりできるのですが将棋となるとそうはいきません。振り飛車戦法入門だの詰将棋の本などよく読んだものです、中でも詰将棋にはずいぶん熱中し内藤九段の作品集に飽きもせず挑んだものでした。

またあのころは谷川さんが名人位につき、しばらくして羽生さんたちがデビューされたころでもありました。当時コンピューターが人間に勝つ時代は来るのか、などといったテーマで将来が占われたりしていたことも覚えています。

「無理だろう」ほとんどの方は、プロの将棋指しも含めそう答えていました。チェスとは違い相手からとった駒を自分の戦力として使える将棋の戦法や候補手は複雑すぎて、とてもコンピューターでは処理できない、などといった意見が主流だったと思います、しかしいまではどうでしょう。

昨年のカンニング問題などいい例です、たぶんこの先AIに勝てる棋士はいなくなると思います。そんな時代だからでしょうか、藤井さんが活躍されていても大センセーショナル的な扱いではなく「たしかにすごいけど、こんな人が現れても不思議ではない」そんな世間の価値観における変化を感じたりするのです。